1. 採用戦略とは?事業成長の羅針盤となる計画の全貌
企業の持続的な成長には、優秀な人材の獲得が不可欠です。
しかし、多くの企業が人材不足に直面する現代において、場当たり的な採用活動では成功は望めません。
そこで重要になるのが、企業の未来を見据えた計画的な活動である「採用戦略」です。
本章では、採用戦略の基本的な定義から、なぜ今その重要性が高まっているのかを最新の市場データと共に解説します。
「採用戦略」の定義 ― 単なる「採用活動」との違い
「採用戦略」とは、企業の経営戦略と連動させ、求める人材を計画的に獲得するための中長期的な方針や計画のことです。
単に欠員を補充するという短期的な視点ではなく、「企業の成長に貢献できる人材を、いかにして確保し続けるか」という視点で設計される点が特徴です。
採用戦略は、しばしば「採用計画」と混同されますが、両者は目的と視点が異なります。
「採用戦略」とは
企業の成長という大きな目標達成に向けた、採用活動全体の「羅針盤」です。長期的・戦略的な視点で、どのような人材を、なぜ採用するのかという根本的な方針を定めます。
「採用計画」とは
採用戦略という方針を実現するための、より具体的で実行可能な「行動計画」です。いつまでに、どの部署で、何人を、どの手法で採用するかといった短期的な目標と手順を定めます。
つまり、まず採用戦略という大きな方向性を定め、その上で具体的な採用計画に落とし込んでいくという関係性になります。
なぜ今、採用戦略が不可欠なのか?人材獲得競争の現状
現代の日本において、採用戦略の策定はもはや選択肢ではなく、企業の存続と成長に不可欠な要素となっています。
その背景には、深刻化する人材獲得競争があります。
厚生労働省が四半期ごとに実施している「労働経済動向調査」によると、企業の人手不足感は依然として高い水準で推移しています。2024年5月時点の調査では、正社員等の労働者過不足判断D.I.(「不足」と回答した事業所の割合から「過剰」と回答した事業所の割合を引いた値)は+45ポイントとなっており、多くの企業が人手不足を実感している状況がうかがえます。
また、同じく厚生労働省の毎月の一般職業紹介状況調査によると、求職者1人に対して何件の求人があるかを示す有効求人倍率も、企業の採用難易度を客観的に示しています。2025年8月時点の有効求人倍率は1.20倍であり、1.0倍を上回る状態が続いています。
これは求職者の数よりも求人の数が多い「売り手市場」を意味し、企業は候補者から選ばれる立場にあることを示しています。このような厳しい市場環境では、ただ求人を出すだけの受け身の姿勢では、必要な人材を獲得することは困難です。
さらに、採用コストも年々増加傾向にあり、マイナビキャリアリサーチLabの中途採用状況調査2025年版(2024年実績)によると、2024年の中途採用における費用総額は1社あたり平均650.6万円にのぼっています。
採用の難易度とコストが上昇している状況下では、採用の失敗、特に採用後のミスマッチによる早期離職が企業に与えるダメージは計り知れません。
採用活動は単なる管理業務ではなく、企業の将来を左右する重要な経営課題であり、そのリスクを管理し、成功確率を高めるための計画的な「戦略」が不可欠なのです。
採用戦略がもたらす3つの具体的なメリット
緻密な採用戦略を立てて実行することは、企業に多くの利益をもたらします。
ここでは、代表的な3つのメリットを解説します。
1. 採用のミスマッチ防止と定着率の向上
採用戦略では、自社の企業文化や事業計画に基づき、求める人物像を明確に定義します。
その結果、自社に本当にマッチする人材を見極める精度が向上し、入社後の「思っていたのと違った」というミスマッチを防ぐことができます。
ミスマッチが減少すれば、早期離職率も低下し、社員の定着率向上につながります。
2. 採用コストの最適化
戦略的に採用活動を進めることで、自社のターゲット人材に最も効果的な採用チャネルを見極めることができます。
例えば、若手エンジニアを採用したい場合に、シニア層向けの転職エージェントに高額な費用を払うといった無駄をなくせます。
費用対効果の高い手法にリソースを集中させることで、採用コスト全体の最適化が可能です。
3. 応募の質と量の向上
採用戦略に基づいた採用ブランディングによって、自社の魅力を求職者に効果的に伝えることができます。
これにより、企業の知名度や理念に共感する質の高い応募者が集まりやすくなります。結果として、母集団全体の質と量が向上し、選考プロセス全体の効率も改善されます。
2. 採用戦略の立て方 ― 7つのステップで実践する完全ガイド
採用戦略の重要性を理解した上で、次はその具体的な立て方を見ていきましょう。ここでは、どのような企業でも実践可能な7つのステップに分けて、採用戦略の構築プロセスを網羅的に解説します。このガイドに沿って進めることで、自社の状況に合った実用的な戦略を策定できます。
STEP1:経営計画と連動した採用目標(KGI)の設定
採用戦略は、必ず企業の経営戦略や中期経営計画から出発します。
採用は事業を推進するための手段であり、事業の方向性とずれていては意味がありません。まずは自社の中期経営計画や事業計画を確認し、「新規事業の立ち上げ」「既存事業の拡大」「海外市場への進出」といった目標を把握します。
次に、それらの事業目標を達成するために「いつまでに、どのようなスキルを持つ人材が、何人必要なのか」を洗い出し、人員計画を策定します。
この人員計画に基づき、採用活動における最終目標であるKGI(Key Goal Indicator)を設定します。
KGIは、「2026年度末までに、データサイエンティストを5名、グローバル営業を3名採用する」のように、採用人数(量)と人材の要件(質)の両面から、具体的かつ測定可能な目標にすることが重要です。

STEP2:採用したい人物像「ペルソナ」の具体化
KGIで定めた「求める人材」を、さらに深く掘り下げて具体的な人物像として描き出すのが「ペルソナ設定」です。
ペルソナとは、採用したい理想の候補者を一人の架空の人物として詳細に設定したものです。単なる職務経歴やスキルだけでなく、価値観、キャリアプラン、情報収集の方法、ライフスタイルといった内面的な要素まで具体的に設定します。
ペルソナの解像度を高めることで、どのようなメッセージが響くのか、どの採用チャネルで接触すべきかが見えてきます。
ペルソナを作成する際は、現場で活躍しているハイパフォーマー社員にヒアリングを行うのが効果的です。「なぜ入社を決めたのか」「仕事のやりがいは何か」「どのようなキャリアを目指しているか」といった生の声を集めることで、現実的で説得力のあるペルソナを設計できます。
STEP3:フレームワークを活用した現状分析
効果的な戦略を立てるには、自社を取り巻く環境を客観的に分析し、現在地を正確に把握することが不可欠です。ここでは、代表的な2つのフレームワーク「3C分析」と「SWOT分析」を用いた現状分析の方法を解説します。
3C分析で市場・競合・自社の位置関係を把握する
3C分析は、「市場・顧客(Customer)」「競合(Competitor)」「自社(Company)」の3つの視点から、自社の事業環境を分析するフレームワークです。採用戦略においては、以下のように置き換えて考えます。
- 市場・候補者(Customer):労働市場の動向や、ターゲットとなる候補者のニーズ、価値観、転職活動の行動パターンなどを分析します。
- 競合(Competitor): 同じ人材を奪い合う競合他社が、どのような採用メッセージを発信し、どのような労働条件を提示しているのかを調査します。
- 自社(Company): 採用市場における自社の強み(給与、福利厚生、企業文化、成長機会など)と弱みを客観的に評価します。
この3つの要素を分析することで、自社が採用市場でどのような立ち位置にあり、どこに勝機があるのかを明らかにできます。

SWOT分析で内部・外部環境を整理し戦略の方向性を探る
SWOT分析は、自社の内部環境と外部環境を「強み(Strength)」「弱み(Weakness)」「機会(Opportunity)」「脅威(Threat)」の4つの要素に整理し、戦略の方向性を導き出すフレームワークです。
内部環境
- 強み (Strength): 独自の企業文化、充実した研修制度、高い給与水準など。
- 弱み (Weakness): 知名度の低さ、業界平均より低い給与、立地の悪さなど。
外部環境
- 機会 (Opportunity): 業界の成長、新しい技術の登場、働き方の多様化など。
- 脅威 (Threat): 人材の枯渇、競合他社の積極採用、法改正など。
これらの4要素を洗い出した後、「クロスSWOT分析」を行うことで、具体的な戦略を立案します。例えば、「強み」と「機会」を掛け合わせ、「自社の充実したリモートワーク制度(強み)を活かし、地方在住の優秀なITエンジニア(機会)を獲得する」といった具体的なアクションプランを導き出します。
STEP4:自社の魅力(EVP)を定義し採用ブランディングを強化する
現状分析で見えてきた自社の「強み」を、候補者にとって魅力的な「価値」として言語化したものがEVP(Employee Value Proposition:従業員価値提案)です。
EVPは、「なぜ優秀な人材が競合ではなく自社で働くべきなのか?」という問いに対する明確な答えとなります。
このEVPを軸に、候補者に対して自社の魅力を一貫して伝えていく活動が「採用ブランディング」です。採用サイトやSNS、社員インタビュー記事などを通じて、候補者に「この会社で働きたい」と思ってもらうためのブランドイメージを構築します。
成功事例として、株式会社メルカリはオウンドメディア「mercan(メルカン)」で社員のリアルな働き方を発信し、企業文化とのミスマッチを防ぐ採用ブランディングに成功しています。
STEP5:最適な採用チャネル・手法の選定
ペルソナとEVPが明確になったら、次はターゲットとする候補者に効率的にアプローチするための採用チャネルを選定します。「設定したペルソナは、普段どこで情報を収集しているか?」という視点で考えることが重要です。
採用チャネルには、求人広告サイト、人材紹介エージェント、ダイレクトリクルーティング(スカウト)、リファラル採用(社員紹介)など、様々な種類があります。特に、社員の紹介を通じて候補者を探すリファラル採用は、企業文化に合った人材と出会いやすく、定着率も高い傾向にあります。
リファラル採用の基本から知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
参照:リファラル採用とは?基本的な仕組みからメリット・デメリット、事例までを解説
各チャネルにはコスト、スピード、得意な領域などに違いがあるため、それぞれの特徴を理解し、自社の採用目標に合わせて組み合わせることが求められます。
| チャネル | 特徴 | コスト | スピード | 候補者の質 | カルチャーフィット |
|---|---|---|---|---|---|
| 求人広告サイト | 広く応募者を集められる | 低~中 | 早い | ばらつきあり | △ |
| 人材紹介エージェント | 求める要件に合う人材を推薦 | 高い(成功報酬型) | 早い | 高い | 〇 |
| ダイレクトリクルーティング | 企業から直接アプローチ | 中 | 中 | 高い | 〇 |
| リファラル採用 | 社員の紹介による採用 | 低い(インセンティブ等) | 不確定 | 高い | ◎ |
| アルムナイ採用 | 退職者の再雇用 | 低い | 不確定 | 非常に高い | ◎ |
STEP6:選考プロセスの設計とKPIの設定
候補者が応募してから内定に至るまでの選考プロセスを設計します。
ここでは、候補者を正しく見極めるための評価基準を各選考段階で明確に設定することが重要です。例えば、書類選考では「必須スキルの有無」、一次面接では「論理的思考力」、最終面接では「企業文化とのマッチ度」といったように、各段階での評価項目を具体化し、面接官による評価のばらつきを防ぎます。
同時に、採用戦略の進捗を定量的に測定するためのKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定します。KPIを設定することで、採用活動のどこに課題があるのかを客観的に把握し、改善策を講じることが可能になります。

| KPI項目 | 計算式 | 分析・考察 |
|---|---|---|
| 応募数 | 各チャネルからの応募総数 | |
| 書類選考通過率 | 書類選考通過者数 ÷ 応募数 | ターゲット層と応募者の乖離を確認 |
| 一次面接通過率 | 一次面接通過者数 ÷ 書類選考通過者数 | 面接官の評価基準のばらつきを確認 |
| 最終面接通過率 | 最終面接通過者数 ÷ 一次面接通過者数 | 候補者の志望度や競合状況を分析 |
| 内定承諾率 | 内定承諾者数 ÷ 内定者数 | オファー内容や内定後フォローの課題を分析 |
| 採用単価 | 採用コスト総額 ÷ 採用決定者数 | 費用対効果の高いチャネルを特定 |
| 採用までにかかる期間 | 募集開始から内定承諾までの平均日数 | 選考プロセスのボトルネックを特定 |
STEP7:実行計画の策定とPDCAサイクルによる改善
最後に、策定した戦略を実行するための具体的な計画を立てます。誰が(担当者)、いつまでに(スケジュール)、何を(タスク)、いくらで(予算)行うのかを明確にし、関係者全員で共有します。
重要なのは、採用戦略は一度立てたら終わりではないということです。市場環境や企業の状況は常に変化するため、定期的にKPIの進捗を確認し、戦略の効果を検証するPDCAサイクルを回し続ける必要があります。
例えば、四半期ごとにKPIダッシュボードをレビューし、計画通りに進んでいない部分があれば、その原因を分析し、次の四半期に向けて採用手法やメッセージングを修正するといった改善活動を継続的に行います。
3. 採用力を飛躍させる先進的タクティクス
基本的な採用戦略のフレームワークを構築した上で、さらに採用力を高め、競合と差をつけるための先進的な戦術が存在します。ここでは、現代の採用市場で特に効果を発揮する3つの重要なアプローチ、「候補者体験(CX)の向上」「リファラル採用の本格導入」「アルムナイ採用の活用」について掘り下げて解説します。
候補者体験(CX)の向上 ― 応募者をファンに変える
候補者体験(Candidate Experience、略してCX)とは、候補者が企業を認知してから選考プロセスを経て、内定、そして入社に至るまでの一連の接点で得るすべての体験を指します。優れた候補者体験を提供することは、単に候補者の満足度を高めるだけでなく、採用成果に直結する重要な経営戦略です。
ポジティブな候補者体験は、候補者の入社意欲を直接的に高めます。実際、HRプロの調査では、転職者の約8割が面接官や人事の対応によって志望度が変化したと回答しています。また、ジェイックのデータによれば、就活生の9割以上が面接での肯定的なフィードバックによって入社意欲が高まったとしています。これは、KPIで設定した「内定承諾率」を改善する上で極めて重要な要素です。迅速な連絡、丁寧なフィードバック、透明性の高い情報提供などを通じて、候補者は「自分は一人の人間として尊重されている」と感じ、企業への信頼とエンゲージメントを深めます。
さらに、その効果は内定者に留まりません。たとえ不採用になったとしても、良い選考体験をした候補者は、将来的に再度応募したり、知人にその企業を勧めたりする可能性が高まります。
逆に、悪い候補者体験は企業の評判を損ないます。エン・ジャパンの調査によると、求職者の61%が選考中に辞退した経験があり、「企業の対応」や「面接官の態度」が要因として挙げられています。候補者体験への投資は、採用ROI(投資対効果)を高め、長期的な人材獲得基盤を強化するための不可欠な取り組みなのです。
候補者体験の具体的な改善策としては、以下の点が挙げられます。
- 迅速な対応: 応募への返信や選考結果の通知を迅速に行う。
- 透明性の確保: 選考プロセスやスケジュールを事前に明確に伝える。
- 敬意ある対話: 不採用者にも可能な範囲で丁寧なフィードバックを提供する。
- 情報の誠実な開示: 企業の魅力だけでなく、課題や仕事の厳しい側面も正直に伝え、入社後のギャップを防ぐ。
リファラル採用の導入:社員エンゲージメントを最強の武器に
リファラル採用(社員紹介制度)は、単なる採用チャネルの一つではなく、社員のエンゲージメントを活用した強力な採用戦略です。
自社をよく知る社員からの紹介であるため、企業文化にマッチした人材が集まりやすく、結果として定着率が高いという大きなメリットがあります。
また、転職市場には出てこない優秀な「転職潜在層」にアプローチできる点も魅力です。
リファラル採用を成功させるには、制度設計と社内への浸透が鍵となります。
制度設計
紹介から採用までのプロセスを簡素化し、社員が気軽に参加できるようにします。
インセンティブ(報奨金)を設定することも有効ですが、金銭だけでなく、表彰や特別休暇といった非金銭的な報酬も社員のモチベーション向上に繋がります。
社内への浸透
なぜリファラル採用に取り組むのか、その目的やビジョンを経営層から全社員に伝え、共感を醸成することが重要です。
全社会議での呼びかけや、社内報での成功事例の共有などを通じて、制度を形骸化させないための継続的な情報発信が求められます。
また、社員が友人を紹介する際に感じる心理的なハードルを下げることも成功の鍵です。
具体的なトラブル回避策については、「リファラル採用は気まずい?トラブル回避のためのポイントを解説」で詳しく解説しています。
アルムナイ採用の活用:退職者を貴重な人材資産に
アルムナイ採用とは、一度退職した元社員(アルムナイ)を再雇用する採用手法です。
従来、退職者は「裏切り者」と見なされることもありましたが、人材の流動性が高まる現代では、貴重な人材資産として捉え直す動きが広がっています。
アルムナイ採用には多くのメリットがあります。
- 即戦力性: 企業文化や事業内容を既に理解しているため、オンボーディング(入社後の定着・活躍支援)にかかる時間とコストを大幅に削減できる。
- ミスマッチの低減: 働き方を熟知しているため、入社後のギャップが少なく、高い定着率が期待できる。
- 新たな知見の獲得: 他社で得た新しいスキルや経験、人脈を自社に持ち帰ってもらうことで、組織の活性化やイノベーションの創出につながる。
アルムナイ採用を成功させるには、退職者との良好な関係を維持し続けることが不可欠です。
退職時に円満な関係を築くことはもちろん、退職後もSNSや専用のプラットフォームを活用して「アルムナイ・ネットワーク」を構築し、定期的に企業の近況を伝えたり、交流イベントを開催したりすることで、いつでも戻ってきやすい環境を整えておくことが重要です。
退職者を敵ではなく味方と捉え、長期的な関係を築くアルムナイ採用は、新しい人材活用の形です。この考え方は、退職者を資産と見なす「アルムナイとは?注目される背景からメリット・デメリットまで徹底解説」の記事でさらに深掘りできます。
4. 事例に学ぶ採用戦略の成功と失敗
理論やフレームワークを学んだ後は、実際の企業の取り組みから成功の要点と失敗の原因を探ることが、自社の戦略を磨き上げる上で非常に有効です。本章では、採用戦略で陥りがちな失敗パターンとその対策を分析し、規模の異なる企業の成功事例から具体的なヒントを学びます。
採用戦略のよくある失敗例とその対策
多くの企業が採用活動で直面する課題は、いくつかの典型的な失敗パターンに分類できます。
これらの失敗は、前述した採用戦略の7つのステップのいずれかが欠けているか、不十分に実行されていることが原因です。
失敗例1:応募が集まらない
原因: ターゲット候補者に自社の求人が届いていない、または魅力が伝わっていない状態です。
これは、採用チャネルの選定ミス(STEP5)や、自社の魅力を言語化できていない採用ブランディングの失敗(STEP4)に起因します。
対策: ペルソナが利用するメディアやプラットフォームを再調査し、チャネルを見直します。また、3C分析やSWOT分析(STEP3)に立ち返り、自社のEVPを再定義し、求人情報や採用サイトのメッセージを具体的に改善します。
失敗例2:求める人材に出会えない
原因: 応募は来るものの、求めるスキルや価値観を持つ候補者がいないケースです。
採用したい人物像であるペルソナ設定が曖昧、あるいは市場に存在しない非現実的なものになっている(STEP2)ことが根本的な原因です。
対策: 現場のハイパフォーマーへのヒアリングを再度行い、ペルソナをより現実的かつ具体的に修正します。「必須条件」と「歓迎条件」を明確に切り分け、採用基準を柔軟に見直すことも有効です。
失敗例3:選考・内定辞退が多発する
原因: 優秀な候補者ほど、複数の企業から内定を得ています。その中で自社が選ばれないのは、選考プロセスにおける候補者体験(CX)が悪いことが大きな要因です。連絡の遅れ、面接官の不適切な態度、選考プロセスの不透明さなどが候補者の志望度を下げてしまいます。
対策: 候補者への連絡は迅速に行うルールを徹底します。面接官トレーニングを実施し、評価基準と候補者への接し方を標準化します。選考の各段階で次のステップを明確に伝え、候補者の不安を払拭します。
失敗例4:入社後の早期離職
原因: これは最もコストのかかる失敗であり、採用ミスマッチの典型例です。企業文化や価値観の不一致、あるいは求人情報で伝えていた仕事内容や労働条件と現実とのギャップが主な原因です。
採用したい一心で、企業のポジティブな側面だけを強調しすぎた結果、発生しやすくなります。
対策: 採用ブランディング(STEP4)において、良い面だけでなく仕事の厳しさや組織の課題といったリアルな情報も誠実に開示します(RJP: Realistic Job Preview)。
面接ではスキルだけでなく、カルチャーフィットを重視した質問を取り入れ、相互理解を深める場とします。
採用ブランディングの成功事例に学ぶ
失敗から学ぶと同時に、成功事例から自社に応用できるエッセンスを抽出することも重要です。ここでは、企業規模の異なる2社の事例を紹介します。
【大企業事例】トヨタ自動車:社員のストーリーで共感を呼ぶ
世界的な自動車メーカーであるトヨタ自動車は、採用活動において「人」を主役にしたブランディングを展開しています。
同社は、公式採用サイトとは別に、社員の働きがいやストーリーを発信するプラットフォーム「talentbook」などを活用しています。そこでは、華やかな成功体験だけでなく、困難を乗り越えた経験や仕事に対する個人の想いといった、人間味あふれるリアルな物語が語られます。
これにより、候補者は製品やブランドイメージだけでは伝わらない「トヨタで働くことのリアル」を感じ取り、企業文化や価値観への深い共感を抱きます。
単なるスペックのマッチングではなく、価値観レベルでの共感を醸成することで、エンゲージメントの高い人材の獲得に成功しています。
参考:【2025年最新】業種ごとの採用ブランディング事例13選
参考:リファラル採用の成功事例20選|成果が出た企業の共通点とは?
【中小企業事例】三幸製菓:独自の価値観で大手と差別化
新潟県に本社を置く三幸製菓は、大手企業に比べて知名度や採用予算が限られるというハンディキャップを、独自の採用戦略で乗り越えました。
同社は、ブランド調査を通じて自社の採用市場におけるポジショニングを分析し、「売上成長力」という強みに着目しました。そして、「高い熱量と成長力をもった知られざるお菓子メーカー」という独自のEVPを掲げ、合同説明会のブースデザインやパンフレットをすべて刷新しました。
さらに、「おせんべい採用」と銘打ち、自社製品への愛をプレゼンしてもらうユニークな選考方法を導入するなど、候補者の記憶に残る体験を創出しました。
この戦略により、大手企業と同じ土俵で戦うのではなく、自社の価値観に共感する熱量の高い学生を惹きつけることに成功し、エントリー数を大幅に増加させました。この事例は、企業の規模や知名度に関わらず、戦略次第で採用市場での成功は可能であることを示しています。
参考:【事例10選】採用ブランディングの成功事例と、その成功要因を解説
参考:【2025年最新】業種ごとの採用ブランディング事例13選
5. これからの採用戦略に不可欠な視点
採用戦略を策定し、実行する上で、単に計画を立てるだけでなく、遵守すべき法的ルールや、未来の労働市場を見据えた新しい考え方を取り入れることが不可欠です。本章では、コンプライアンスの確保、人的資本経営との連携、そしてテクノロジーの活用という、現代の採用戦略に欠かせない3つの重要な視点について解説します。
採用活動における法律上の注意点
採用活動は、候補者の人生に大きな影響を与える行為であり、そこには遵守すべき法律やルールが存在します。これらを軽視すると、法的なトラブルに発展するだけでなく、企業の社会的信用を大きく損なうリスクがあります。
募集・選考で禁止されている差別
採用の門戸は、応募者の適性と能力に基づいて、すべての人に平等に開かれている必要があります。日本の法律では、採用において特定の属性を理由に不合理な差別を行うことを禁止しています。
- 年齢による差別: 「労働施策総合推進法」により、募集・採用における年齢制限は原則として禁止されています。「20代の方歓迎」といった表現も、年齢を理由に応募を制限していると見なされる可能性があるため注意が必要です。
- 性別による差別: 「男女雇用機会均等法」により、募集・採用において性別を理由にいずれかを優先したり、排除したりすることは禁止されています。「営業マン募集」「女性アシスタント」といった性別を特定するような職種名や、「体力に自信のある男性を求めます」といった表現は違法となる可能性があります。
面接で聞いてはいけない質問リスト
公正な採用選考を実施するため、厚生労働省は面接時に尋ねることが不適切とされる質問を例示しています。これらの質問は、応募者本人の適性や能力とは関係がなく、就職差別に繋がる可能性があるためです。
面接官は、以下のトピックに関する質問を避けるべきです。
本人に責任のない事項
- 本籍・出生地に関すること(例:「ご出身はどちらですか?」)
- 家族に関すること(例:「ご両親の職業は何ですか?」)
- 住宅状況に関すること(例:「お住まいは持ち家ですか?」)
本来自由であるべき事項(思想・信条など)
- 宗教に関すること(例:「信仰している宗教はありますか?」)
- 支持政党に関すること(例:「どの政党を支持していますか?」)
- 人生観・生活信条に関すること(例:「尊敬する人物は誰ですか?」)
- 購読新聞・雑誌、愛読書に関すること
- 労働組合や学生運動などの社会運動に関すること
これらの質問は、たとえアイスブレイクのつもりであっても、候補者に不快感を与え、企業のコンプライアンス意識を疑われる原因となります。
人的資本経営と採用戦略の連携
近年、企業経営において「人的資本経営」という考え方が注目されています。これは、従業員をコストや資源(リソース)としてではなく、価値創造の源泉となる「資本(キャピタル)」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上を目指す経営手法です。
この文脈において、採用活動は「人的資本への最初の投資」と位置づけられます。したがって、採用戦略は、その場しのぎの人員補充ではなく、企業の長期的な人的資本戦略と完全に連動していなければなりません。
経営戦略を実現するために、将来的にどのようなスキルや経験、多様性を持つ人材ポートフォリオを構築すべきかを定義し、そのギャップを埋めるために採用戦略を策定します。これは、単に候補者の現在のスキルを見るだけでなく、将来の成長可能性や学習意欲、企業文化への適応性といったポテンシャルを重視する採用へとシフトすることを意味します。
人的資本経営を推進する企業は、採用ブランディングにおいても、自社が従業員の成長にどのように投資しているかを積極的に発信することが、優秀な人材を惹きつける上で有効です。
HRテックとデータを活用した未来の採用
テクノロジーの進化は、採用活動のあり方を大きく変えつつあります。HRテック(Human Resources Technology)と呼ばれる技術を活用することで、採用戦略をより効率的かつ効果的に実行できます。
その代表格が、ATS(Applicant Tracking System:採用管理システム)です。ATSを導入することで、複数の求人媒体からの応募者情報を一元管理し、選考の進捗状況を可視化できます。これにより、煩雑な管理業務が自動化され、採用担当者は候補者とのコミュニケーションといった、より人間的な付加価値の高い業務に集中できるようになります。
また、Web面接ツールやタレントマネジメントシステムなどを活用することで、地理的な制約なく優秀な人材にアプローチしたり、採用データを分析して戦略の精度を高めたりすることが可能です。
これからの採用戦略は、経験や勘に頼るだけでなく、テクノロジーを活用して収集したデータを基に、客観的な意思決定を行っていく「データドリブン採用」が主流となるでしょう。
ただし、テクノロジーはあくまで戦略を実行するためのツールです。最も重要なのは、企業の経営戦略に根ざした、人間中心の採用戦略を構築することです。その上でテクノロジーを賢く活用することが、未来の採用競争を勝ち抜くための鍵となります。
6. まとめ:採用戦略は「管理業務」から「経営戦略」へ
採用戦略は、単なる欠員補充の手段ではなく、企業の持続的な成長を支える重要な経営基盤です。売り手市場が常態化する現代において、行き当たりばったりの採用活動から脱却し、経営戦略と連動した一貫性のあるストーリーを描くことが求められています。事業目標から逆算したペルソナ設計や、自社の魅力を言語化する採用ブランディング、そして候補者体験(CX)の向上といった「人」への投資こそが、人材獲得競争を勝ち抜く鍵となります。
策定した戦略を絵に描いた餅に終わらせないためには、客観的なデータに基づくKGI・KPIのモニタリングと、PDCAサイクルによる継続的な改善が不可欠です。まずは3C分析などで自社の現状を冷静に分析し、全社一丸となって「勝てる採用」への第一歩を踏み出しましょう。
